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暴言に人を使うのってズルい

人を使って相手を馬鹿にするのは卑怯者

  

誰かを馬鹿にしたり、嫌味を言ったりするとき、他の誰かを使ってその汚い言葉を相手に届かせるのって凄くズルいような気がする。

 

ぼくのツイートなんだけど、まさにこの通りなんじゃないかなって。まぁそもそもな話、相手を面と向かって馬鹿にするようなことはあってはいけないものだとぼくは思うんだけど、それでもこの呟きに該当する人たちはその限りから外れていて、外れているからと言って、放って置きましょうね!!!!とはならないのである。誰かを傷つける以上、たとえ当事者の耳に(ブログは目なのでは?という疑問や批判は一切受け付けない)届かないとしても、それによって傷ついてる人がいるのならば、そういう人の心に安寧秩序をもたらすためにも、これ以上自暴自棄になってメンヘラポエマーが増えないようにするためにもぼくはこの記事を丹精込めて書くのである。

言いたいことがあるなら自分で言え

人の悪口を言うんだから、自分の口で言いたいと思うような気もするのだが、なぜか人づてに伝える人がいる。自分で面と向かって言えないのには大きく分けて環境的な要因と感情的な要因の二つが存在していると思う(こういう言い回しは分析批評型で好ましくないんだけど・・・)。環境的な要因としては双方の連絡手段が隔絶されていて直接言いたくても言えない場合。ここであえて水を差すとすれば、直接言えない状況なのに無理矢理伝えるんじゃねーよ!ってこと。直接が不可能になるにはそれなりの事がないと成立しないわけだし、それに至ってまでまだ悪口言うかこの野郎!って感じ。もうここまで来るとただの性格悪い気持ち悪いヤツに成り下がりますよね。感情的な要因は直接言うには反発が怖いとかうしろめたいとか自分が攻撃されるのが嫌、とかかな。環境的な要因も感情的な要因もどちらも様々だろうし、ここに挙げているものはほんの一例であってこれが全てではないことはわかってもらえてると思う。
ディテールは大まかだけど説明したからこの汚さのついて話すことにしよう。
他人の口を使えば、自分に矛先が向かっても気付かないし、相手がどんな気持ちになっているかも把握することはできない。むしろ把握できないことにこそ意味があるのかもしれない。言いたい放題やりたい放題やっても、相手の哀しみとか怒りとかに触れないんだから、自分にとって都合のいいサンドバックみたいな感じになるだろうよ。サンドバックにされてる側はきっと処理待ちの怒りに身を焦がしてむしゃくしゃする。傷つけ方としては楽だし、被害妄想が強い人なんかにとってみれば人づてってのが一番効果的なのかもしれない。

口に出したお前もだからな!!!!

媒介者として、伝えた人もまたズルい。間の仲介者としての立場だから自分の意見じゃないもーん!ってなるんだもの。でも実際には、この媒介人も絶対悪だろうよ。例えば、自分の好きな人の悪口を聞かされたら誰だっていい気はしないし、ましてやそれを本人に伝えてくれ、なんて言われたら普通は断ることだろう。ということから、媒介人の方々は多かれ少なかれ対象の人が嫌いなんだよね・・・。よく考えてみると、こんな風に考えられるんだけど本人達は意志を持たない人形のようだと思ってるから面白い、っていうか馬鹿だろテメエwwww(真顔)。自分と共通意識を持っているから安請け合いしちゃって誰かを哀しませるんだから、どう転がっても彼等は悪い人である。こんなことをして、自分は悪くない、なんていう奴は本当にマヌケ!あんぽんたん人を傷つけることに悪くないなんて存在するわけがないでしょうが!!!!そういう自覚持って、暴言を伝達してんのか!?!?って顔をグイグイ寄せて問いただしてみたい。

卑怯者というか弱虫

あくまで想像だけど、こういうことをする人たちってのは大抵自分の是非を正されることになると、正面から向き合わず背中を向ける人たちだろう。この際はっきり言ってやる!お前たちは卑怯もんの弱虫の逃げ虫の意気地なしだよ!!!!円滑な人間関係ぶち壊してまで人を蔑むんだから、面と向かって言うくらいの度胸は兼ね備えておけよ!!!!
昔の餓鬼の喧嘩は終わるまでひたすら殴り合って腹の中見せ合うもんだったらしい。今の人たちは顔も見えないネットで誹謗中傷してばかり、これも一種の他人(物)を使った卑怯。匿名性の利点よりも欠点がどんどん人を衰退させていくような気がしてならない。醜い人を形成するのが今のネット環境だと思う。こんなやり方は間違ってる。誰かを傷つけるのにやり方もクソもないんだけどさ・・・。正当なやり方の一つであろうデモとかも集団による逃げだからなあ。一人じゃ怖くて言えないことをみんなで団結して言うって...小学校の女子かよ・・・。

成長できないよ、これ。

百歩譲っての意見でしかないけど、結果として良い方向に転がることがあるから、ゼッタイに喧嘩や暴言吐いちゃいけないってわけではないし、人として成長するためには他人とぶつかる必要だって十二分にあるはず。それでも面と向かって言えないのはこの限りではないよね。見えない腕での殴り合いなんて意味のない非生産性の高いただの無駄。さあみんな!言いたいことがある人に会いに行こう!腕を大きく振ってぶん殴ろう!それくらいの気持ちなのかもしれない
と、とにかく!他人を使うことはぼくは避けたい。そりゃ、誰だって好き嫌いはあるよ、当然。それでもぼくは陰口であったり、遠回しだったりっていう陰湿なやり方はしたくない。嫌われても、正面でぶつかり合いたいなあ・・・(おしまい)