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人を幸せにする能力が欲しい

タイトルがすべてなんだけど、本当にこれは思う。

 

 

Wake,Up,Girlsを全話一気に見て、「WUG最高なり~」と作中の太田と同じように涙を流し、まゆしぃの言うところの「人を幸せにするには3つの方法がある。」ってのに影響させられている安い人間なんだけど、ぼくなりに人を幸せにするにはどうしたらいいのかを考えてみたいと思う。

 

人を幸せにするとはどういうことなのか。

誰かに満足感とか安心感を与えることができることが人を幸せにするということだと思う。ぼくは自分の中で秀でている分野として連想力と知識量によるトークスキルがあると思うんだけど、誰かを幸せにする能力とは到底思えない。もともとコンプレックスのかたまりだし、集合写真とか僕の顔だけ黒の鉛筆で塗りつぶして燃やしたいくらいだし、自分の声質までも好きになれない圧倒的先天的敗北者なわけだけど、それでも誰かと話をして笑ってくれたり、盛り上がってくれればそれでぼくは幸せなのかもしれない。相手の笑顔がぼくにとって生きるエネルギーに少なからずなってるから、就きたい職業が生まれてこの方、たこ焼きが好きだからという理由だけで小学校の文集に書いた「たこ焼き屋」以外ない僕はお笑い芸人になりたいと思ってしまっても何ら不思議ではないように考えてしまうことがよくあった。

何においても、それを自分の看板、本職にしてしまえば甘えは許されず、中途半端ではいけない。ぼくはこの身の回りの人と楽しく会話できるだけのちっぽけな自己満足を背負っていけるほど強い人間じゃないし、あくまでオプションレベルでしか活躍できない川底の石程度のものだと思う。

自分の言動で自分自身が満たされることは皆一様にあると思うけど、そのベクトルが他人に向けられて同じように満たすことができる才能ってのは稀有じゃないかな。

 

他人の幸せを喜ぶことができないうちは自分の幸せを喜ぶことはできないだろうし、自分が幸せではないうちは他人も幸せにはできない。そんな風に考える。常にだれかの幸せをねたんでいるような人は自分は愚か、他人なんて幸せにできるはずがない。

幸せにする必要があるかどうかという原点回帰の質問をされれば、即答でYes,Noできないけど、えらべるんだったらぜひとも欲しい。自己完結で終わらず、ほかにも影響することができるのは大きなアドバンテージだし、僕みたいにすぐ自己嫌悪に陥る欠陥人間はそれだけで報われると思う。

そもそも、ぼくは人と話すことが割と好きな方で、いろんな人と仲良くしたい。嫌われたり嫌ったりすることが嫌い。誰かに嫌われている自分が嫌い。嫌われて嫌いかえしている自分も嫌い。そういう負のループは必要ないし、そこに至った自分のふがいなさがなんだか嫌い。誰しも好き嫌いはあるけど、それを乗り越える力があればイイ。ぼくはなんだか逃げているような気がする。ネガティブな自分から目を背けて消し去ろうとしてる。だからこんな風に万人受けするための力を欲しているんだろう。

僕たちはどこかで人を幸せにしていても、たぶん気づかない。自分が幸せにしたくて頑張っているときしか目に入っていない。それってきっと偽善なんじゃないのかな。意識せずとも誰かを幸せにできている、そういう風な人でありたい。